kingdom_576_01


キングダム 575話では、橑陽の戦いを勝利へ導いた壁将軍が目を覚まし、舜水樹の動向やその他の戦場の様子が描かれていました。
しかし、王翦と李牧が戦っている朱海平原の戦場では、9日目の戦いで秦右翼の亜光が気絶し、
信と王賁は将軍不在のまま、王翦からなにも指示がないまま戦いが始まってしまいました。
ここでは、各戦場の状況を解説すると共に、王翦がなぜ指示を出さないのか予想してみたいと思います。

各戦場の状況

敗れた趙軍


橑陽の戦いに勝利した秦軍ですが、本来この戦いの目的は鄴を落とすという事であり、

楊端和軍と壁軍の目的は、鄴の包囲を崩す兵力を橑陽から送らないようにするという事でした。

そのため、犬戎兵以外に舜水樹が率いている趙軍も大軍であり、橑陽から去っていく趙軍の動向が心配されていました。

そしてその後、舜水樹は『列尾』へ向かったと報告が入ります。

『列尾』は、秦軍が趙国の王都圏へ入るために最初に落とした城で、趙の国門と呼ばれていました。

舜水樹が列尾へ向かったという事は、鄴は落ちないと確信しているという事であり

舜水樹は秦軍を逃さないようにするために、列尾へ向かったという事になります。

動けない秦軍


鄴が落ちない状況であるという事がわかっていても、

楊端和や壁は橑陽城からすぐには動けないと思われます。

その理由として、

1. 秦軍も大きな被害を負っている
2. 橑陽城の周りには趙の防衛網が広がっている
3. 舜水樹の動きを見る必要がある

などが上げられます。

秦軍は犬戎王ロゾと趙軍の戦いにより、主戦力である楊端和とバジオウが負傷しており、

壁軍の方も、これまでの戦いで疲弊し、兵力を大きく減らしています。

そして、今の戦力では朱海平原や鄴へ向かったとしても対した援軍になる事が出来ず、

趙の防衛網に絡めとられてさらに孤立し、じわじわと兵力と兵糧を減らされる事でしょう。

つまり、今の最善の手というのは城に留まり、舜水樹と列尾に居る扈輒将軍の動向を探り

二人を列尾から動かさないようにした方が良いでしょうね。

睨み合いの続く鄴


9日目の戦い以降、桓騎軍が包囲している鄴では戦闘がなくなり、

10日目も趙軍は秦軍を包囲だけして様子を伺っています。

3日目に李牧が受けた報告によると、秦軍の兵糧は残り10日分で

鄴はあと20日分も兵糧が残っているという事ですから、

橑陽か閼与の兵糧を桓騎軍の元へ持って来ないと鄴は兵糧攻めに出来ません。

そして、桓騎軍ではこんな気になる話も出ていました。

摩論「お頭 一つだけ約束して頂けませんか」
兵糧が 残り1日分になった時点で 鄴(ここ)の包囲を解いて さっさと退散すると」
桓騎「・・・・・・ああ 本気(マジ)でそうなったらな」
引用:原泰久 キングダム 51巻 第555話 個別撃破

10日目の時点で残り兵糧は3日分というところでしょうから、

桓騎軍が逃げ出すタイムリミットは限界ギリギリではなく、残り2日間という事になります。

王翦はもう本当だったら10日目には兵糧を手に入れて、

桓騎軍の元へ帰って来なければならないのに、これからどうするつもりなのでしょうね・・・。


朱海平原の戦い

秦右翼は将軍不在の戦いへ

亜光将軍

引用:原泰久 キングダム 48巻 第523話 秦軍右翼の刻

9日目の朱海平原の戦いでも秦軍と趙軍の激闘が繰り広げられていました。

信が岳嬰を一撃で葬ったのはかなり印象的なシーンでしたが、

王翦の第一軍である亜光将軍の意地も凄かった。

馬南慈と趙峩龍の二人に攻撃をされても、亜光将軍は数撃耐えきったのです。

しかし、さすがの亜光将軍も二人にやられてしまい負傷、亜花錦に救出された後、

現在は手当を受けて眠っていると思われます。

そんな中での10日目の戦いとなったわけですが、右翼の将軍だった

亜光が不在になっている状況で、王翦は何も指示をしてきません。


飛信隊と玉鳳隊の二軍のみで右翼全体をカバーしていると思われ、

将不在を知っている趙軍も攻勢をかけてきました。

なぜ、王翦将軍は右翼に指示を出していないのでしょうか?

援軍は送らない


3日目の戦いで飛信隊が右翼へやってきた時、

信は王翦から言われた言葉をこんな風に言っていました。

王賁 お前の親父に言われたぜ
もう右に援軍は送らねェってな
つまり右は俺らで勝ちきれってことだ

引用:原泰久 キングダム 50巻 第543話 主戦場へ

これは単純に、亜光・信・王賁の3軍で右翼を突破せよ!という指示に聞こえますが、

本当に『何があったとしても右へ援軍を送らない』という意味だったらどうでしょう。

王翦が何か策を仕掛けようとしているとも考えられないでしょうか。

王翦は兵糧の残りを知っている


鄴攻めの戦いで、この城は落ちないと言ったのは王翦であり、

それでも落とすための軍略を考え出したのも王翦です。

そして、その軍略の一つとして兵糧攻めを仕掛けたのも王翦であり、

兵糧攻めを行うのに鄴の兵糧が多いまま、戦い続けるなんて事あり得るでしょうか。

おそらく王翦は、秦軍の兵糧が趙軍よりも少ないという事は知っているのだと思います。

その上で王翦は何か策を考えていると思う。

例えば、王翦は3日目~8日目の間に朱海平原の戦地にはおらず、

王翦の精鋭部隊を引き連れて、閼与を落としに行ってるのではないでしょうか。

そして、10日目の戦いの最中に兵糧を持って戻ってくる気がします。

これまでの戦いで閼与へすぐに向かわなかった理由としては、

李牧相手に、王翦が不在ではすぐに敗北する可能性が高いという事。

そして、閼与へ向かうタイミングとしては、左翼の膠着があったり

右翼でも王賁の活躍や飛信隊の活躍があり、離れても大丈夫になったという事。

つまり、王翦は数日の間で若い将達を李牧に対応出来うる人材へ

育てていたのではないかという事です。


まとめ


舜水樹は秦軍に敗れた後、趙の国門である列尾に向かいました。

それは、鄴は絶対に落ちないと確信しているという事であり

秦軍を逃がさないようにするために、その行動をとっていると思われます。

楊端和や壁達は、犬戎族と趙軍の戦いで疲弊しており、

すぐには動けないし、動いたとしても趙軍の防衛網により

さらに孤立するだけだと思われるので、今の最善の手は舜水樹と扈輒将軍を

列尾から動かさないようにする事である。

そして、鄴に居る桓騎軍は兵糧も少なくなっており、

兵糧が残り1日になったら、包囲網を解いて撤退するという話も出ている事から

王翦は急ぎ桓騎軍へ兵糧を届けなければなりません。

それも、あと残り2日間の内という事になります。

朱海平原の戦いでは、右翼が亜光将軍不在のまま戦う事になっていますが、

王翦はすでに戦場にはおらず、精鋭部隊を率いて閼与へ行っている可能性があります。

そして、すぐに離れなかった理由としては

数日の間に若い将達を李牧に対応出来うる人材へ育てていたからという事。

王翦は10日目の戦いの内に、閼与を落として帰ってくると思います。