出典:原泰久 キングダム
647話『河南の動き』内容
反逆者
憔悴していた李牧の背中にすり寄り、カイネは少しの間李牧と共に過ごした。カイネのお陰か、李牧は元気を取り戻しつつあった。カイネは咄嗟の行動に慌てて李牧に謝り、その場から立ち去った。
カイネが外へ出て、自分の天幕へ帰ろうとした時、馬南慈や舜水樹達が李牧の元へやって来た。李牧が馬南慈たちの無事を確認すると、舜水樹は状況の整理を始めた。まず、我々は王命に背き王都軍と戦ってまで太子嘉を逃がした言わば反逆者であり、王都に戻っても斬首されるだけだと話す。舜水樹は、我々が選択する道は、このまま逃亡を続けるか、邯鄲を攻めて太子嘉を王位へ就かせるか、嘉を呼ばず李牧様が新王朝を築く道もあるという。
舜水樹の策謀
そのくらいにしておきなさい。
舜水樹の飛躍した話に、李牧は舜水樹の話を止め、今邯鄲を落として太子嘉を王位に就かせてもそれは本当の趙王ではなく、自身が王になる話も論外だと話し否定した。李牧はこの状況を打破するためには、一旦逃げる事も必要だと話す。李牧の読みでは必ず我々の力が必要になる時が来て、いずれ軍総司令に戻れるという。さらに、李牧は逃亡の間、三大天級の力があると司馬尚に会うため、青歌へ向かうと話した。
郭開の手腕
一方、邯鄲に攻め込もうとしていた秦軍は進軍を止めざるえない状況になっていた。それは、趙軍の動きが的確で、邯鄲軍も動き出した趙軍は強固な守りを築いていたのである。それを指揮するのは、趙丞相の郭開である。趙防衛戦の重要拠点であった番吾と平陽の拠点強化に素早く着手し、秦軍を退いた。趙の文官・武官は郭開の手腕に驚くが、全ての行動は李牧の進言した内容そのままであった。
河南の異変
秦軍が邯鄲に攻めきれずに、年が変わった。
紀元前235年。秦国の王宮内では、引き続き邯鄲攻略の軍略が練られ続けていた。
政と昌文君の元へ肆氏がやってきて、河南の地へ流刑となった呂不韋に不穏な動きがあると伝える。呂不韋の元に様々な人間が集まってきており、その人数が尋常ではない数だという。
その話を聞いた政は、直接呂不韋に会いに行くと話した。
感想
秦軍と趙軍の戦いもひとまず終結といったところか。
しかし、郭開も李牧の進言をそのまま自分の手柄にするなんて流石というか、かなりの曲者って感じだね(笑)でも、聞いた話をそのまま伝えて守れる扈輒将軍もなかなか優秀な将軍みたいだ。流石、邯鄲の守護神と呼ばれる将軍だ。しかし、王翦も李牧が居ないのに、攻めきれないなんて邯鄲軍が出てくるだけでここまで違うのだろうか。
李牧の方も、一旦落ち着きそうな感じだけど、舜水樹がやっぱり暴走気味な感じだよね。舜水樹は愛国心とかは全く無くて、李牧への信仰が厚いんだろうなぁ。李牧からの信頼も厚いようだし、舜水樹って本当に何者なんだろうか?あと、李牧一派はやっぱり司馬尚のところへ行くんだね。司馬尚の居る青歌は趙国の中でも独立した存在のようなイメージだけど、郭開の刺客は来ないような場所なんだろうか。
秦国の方でも、また呂不韋が出てきた。呂不韋は敵だったけど、強大な敵だったし、政と呂不韋のやり取りは楽しかったので、これからの展開はまた楽しくなりそうだ。呂不韋ももう王を目指そうなんて考えてはまさかないだろうしねぇ、呂不韋からどんな話が聞けるのかな~
648話予想
後日更新予定
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