実は過去の話の中でその『犬戎(けんじゅう)』が登場しているシーンがありました。
このページでは、過去に登場したページを紹介すると共に、
橑陽軍の主力部隊として描かれている理由を考察したいと思います。
『犬戎』の史実は?
まず、そもそも犬戎は史実でどのように書かれているのでしょうか。
wikipediaによると・・・
西戎(せいじゅう)あるいは戎(じゅう)および犬戎(けんじゅう)は、四夷の一つ。中国西部に住んでいた遊牧民族で、たびたび中国の歴代王朝に侵入して略奪を行ったことから、西戎という言葉に蔑んだ意味合いを込めている。
かつては周の文王の討伐を受けたことがある。後に文王の太子である武王と盟約を結んで共に商を滅ぼした諸侯国の一つである羌、ほかには葷粥(くんいく)や氐(てい)、密須(みつしゅ)などが含まれた。
周代には現在の陝西省・四川省から甘粛省・チベット自治区の付近にいた。周の十二代王幽王は暴政を布いたので諸侯の恨みを買い、諸侯の一人申公の誘いを受けた犬戎(けんじゅう)は紀元前770年に周の首都鎬京を陥落させて西周時代の終わりを告げた。これ以降は春秋時代に入る。
周が追われた地に秦が封ぜられた。秦の穆公は度々戎を討って覇者となった。その後も何度か秦と衝突し、最後には秦に吸収され、一部は匈奴に吸収された。民族や種族としては、南北で分かれる傾向があるもの北はテュルク系、南はチベット族やチベット人の祖とされる彝族とみられている。
引用:wikipedia
史実では、遊牧民族であり中国の王朝へ侵略して略奪を行っていたそうです。
そういう意味では匈奴と同じ山民族系の民族であった事がわかりますね。
しかし、民族が1国を滅ぼしてしまうほどの力を持っているとは恐ろしい話です。
史実を読むと秦とも深く関わりのあった部族だという事がわかりますね。
その辺りも本編で語られる事があるのでしょうか。
過去本編の『犬戎』登場シーンは?
冒頭でもお話した通り、527話で登場する前に、キングダム本編の中で
既に『犬戎(けんじゅう)』が噂やあの人の部下として登場していました。
その初登場シーンがこちら、
1. 山の民に捕まった時の壁の話
壁は”犬戎”の事を知っている様子ですから、これからその話が出るかもしれません。
そして次に、
2. 趙 対 燕の戦いで・・・
周王朝を滅ぼした軍は”犬戎”
そして、あの劇辛の主力部隊となっていた兵もなんと”犬戎”だったのです。
ここではすでに最速の騎馬民族と評されていますので、橑陽城から出てきた”犬戎”も
同じ力を持っていると思っていいでしょう。
李牧との戦いでは、”犬戎”は龐煖の武に圧倒されて恐れている様子でしたが・・・。
『犬戎』と『趙』関係とは?
橑陽城に登場した『犬戎』
この部隊は、過去に登場した劇辛将軍の主力部隊の『毒犬』と同じではないかと予想します。
龐煖に劇辛将軍を討たれてしまい行き場を無くしてしまった 『犬戎』
その攻撃力は李牧本陣の兵士ですら蹴散らしていました。
劇辛将軍との戦いの後、その力を
趙軍が吸収するために、
李牧は犬戎へ橑陽城を授けたのかもしれません。
しかし、元々は山民族であった『犬戎』です
劇辛将軍には従っていましたが、李牧(趙軍)に従う事はしなかったのでしょう。
それに趙国も普段から匈奴に苦しめられている国ですから
『犬戎』の力は認めても、それを信用する事はしなかったのだと思います。
まとめ
・史実では『犬戎』は遊牧民族。そして、中国歴代王朝へ略奪を行っている
・壁も『犬戎』の事を良く知っている
・劇辛将軍の主力部隊『毒犬』も『犬戎』の一族
・『犬戎』は最速の騎馬民族
・橑陽城の『犬戎』と劇辛将軍の『犬戎』は同一の可能性有り
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